このブログは投資ブログ(+FIREとかゆるリタイアとか)なのですが、政治は投資と無関係ではないので、たまには選挙を絡めたネタでも書いてみます。
なお、言うまでもありませんが全て個人の考えです。
<目次>
概して言えば、期待通り
私の立ち位置ですが、どちらかと言えば右、保守、現状維持を優先する考えを持っています。
投資家というのは概して、急激な変化や不透明な見通しを嫌気するものなので、この立ち位置自体は矛盾したものではないと考えています。
その私の立場から見れば、今回の選挙結果は概ね期待通りでした。
現政権が維持されたこと、野党勢力の一部が躍進したこと(逆に一部が議席を落としたこと)、いずれも個人的には肯定的に受け止めています。
細かく見ていけば色々言いたいこともあるのですが、とりあえず野党連合のためとは言え、支持層が全く異なるあの2党が組んだのは選択ミスも良いところだったと思ってます。
政治に望むことと、資本主義の限界
私が政治に望むことは、治安と外交、インフラを一定程度整備された上、最低限のセーフティネットがあること。
それ以外は多くを望みません。その代わり、ルールは最大限利用させてもらうつもりです。
今回の衆院解散に伴うインタビューで、「金の問題や忖度のない政権が生まれて欲しい」といったものがありました。
それはまず言う人自身が、金の問題や忖度を捨て去ってから言うべきです。政治家とは言え人、忖度の世界で生きている人が選ぶ政治家が、忖度して悪い道理がありません。
また同様、時々言われる「人に優しい政治・人に寄り添った政治」にも賛同できません。
政治は個人ではなく全体としての国の最適化を考えるべきであり、またこの国の一億を超える多様性に寄り添うことは、どだい不可能だからです。
だから政治には、この国を強くすることだけを考えてもらえれば、多少の(バレない程度の)悪事はどうとでもお好きに、と思います。どうせ我々国民の側も、生まれてすぐの赤子を除き、清廉潔白な人間など存在しないわけですから。
資本主義は残念ながら、一定数の犠牲を前提にして存続している、と考えます(*)。政策を利用し、自分の有利に持っていくことは、政治ではなく各個人が努力すべきことではないでしょうか。
(*セーフティネットの有無や充実は、また別の議論です)
批判は行動に非ず
もう一つ今回の選挙で明らかになったことは、「批判は行動に非ず」ということだと思います。
選挙前は議席数を増やすという下馬評だった某政党が、開けてみれば惨敗と言える結果。その理由の一つとして、政党の中の人からこんなことが語られていました。
個人の考えは自由なのですが、「コロナ対策を頑張った」というのはなかなかエッジの効いたシャレです。
対策を頑張るというのは、与党の足を引っ張ることではなく、批判をすることでもありません。
必要に応じ与党に協力を行い、政争の具とすることなく新型コロナによる人的・経済的被害を最小にとどめることが、「頑張る」の中身です。
彼らは体質的に批判をせざるを得ないのでしょうが、そうあり続ける限り評価されることはなく、批判は行動のうちに入らないというのは反面教師として学んでいきたいところです。
まとめ:変えられるのは自分と未来
当ブログでは珍しく選挙ネタを書きましたが、私はだいたいこんな立ち位置です。
国家にとって、一人一人の存在が取るに足らないものである以上、あらゆる政策が自分の有利に働くなどということはあり得ません。それこそ妄想の類です。
だからこそ、政策を利用して自分の有利に働くよう努力することが必要だと考えます。
同時に「批判は行動に非ず」。他者の批判をするものは、まず自分にその価値があるかどうかを考えた方がいいと思います。罪なき者のみ石を投げよ、です。
どうせ批判したところで変えられるのは自分と未来だけですから、文句は心のデトックス程度にとどめ、理想など当てにせず現実に立脚し、自責思考で前向きに進んでいきたいものです。
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