インデックス投資と高配当投資の議論は、株クラでは日常茶飯事と言いますか華の一つと言いますか。
先日も少しだけ盛り上がったわけなのですが、私としてはそろそろ次のステージ行きません? と考えるわけで、今回はそんな記事です。あ、例によって黒ウサギ出没注意です。
<目次>
総論:インデックス投資は優秀である
(以下、インデックス投資はノンレバの低コスト商品、例えばVT、VOO、VTIなどを指します)
まず初めに言うべきこと。インデックス投資は優れた手法です。
特に投資を趣味とせず勉強に時間がかけられない多くの社会人にとっては、インデックス投資はおそらく最適解でしょう。
そんなことはほぼ全員が分かってますし、ごく一部の不見識な連中を除きインデックスの特徴は誰も否定していません。そしてインデックス投資を主戦場にしない投資家ですら、そのごく一部が不見識であることは先刻承知しています。
であれば、それ以上何を言うことがあるのでしょうか。
高配当他の投資方法と比較して、インデックス投資の机上の優位性をこれ以上説かれたところで、
「はいはい、また同じ話が始まった」
くらいの感想しか抱きません。話がぐるぐると同じところを回っているだけです。
論はお腹いっぱいです。そろそろ次のステージへ行きませんか? もう良い頃合いでしょう。
求む、実例
インデックス投資の優位性を説くのであれば、もはや机上の最適議論は不要です。
必要なのは実例、つまり下記属性を持つ投資家からの実体験に基づく情報や実際の暮らしぶりです。
・インデックス投資をコアとして資産を構築し
・FIを達成し(REは問わない)
・4%ルール等で資産を取り崩しつつ
・少なくとも数年は生活している
私の狭い認識範囲のことになりますが、インデックス以外の投資手法を用いてFIした人については、上記のような発信をされている方が複数見受けられます。
また同様に、インデックス投資を一手段として利用している雑食投資家(この表現が正しいかどうか分かりませんが)でFIした方もいますし、私自身はインデックスを一切利用せず(一応)FIした身です。
そういった経緯もあってか、どうしても疑問に思ってしまうことがあります。
インデックス投資をコアにし続け取り崩しを行うことは、はたして本当にFIに適した手法なのでしょうか?
もしもインデックス投資による資産構築と、いわゆる4%ルールによる取り崩しがFI後に優位性があるなら、その実例がもっとたくさん出ているはずではないでしょうか?
考えられる意見とその答え
上記のような主張をすると、主に以下のような意見が返ってくると思います。
①インデックス投資によるFIは長い時間がかかる
②インデックス投資でFIを達成した場合、情報発信をする必要がない
①については、日本でインデックス投資が本格的に始まったのが2000年代であることを考えると、そろそろ実例が出てきても良い頃合いではないでしょうか。
もしインデックス投資家は比較的投資歴の浅い人が多い(だから、実例がまだ出てきていない)という反論であれば、その浅い投資歴でインデックスを最適と判断するのは時期尚早でしょうから、自分で自分の主張を否定してしまっていることになります。
そして②については確かに一理ありますが、FIを達成しても情報発信する必要がない手法というのは、FI達成前に情報発信する必要があるのかという疑問が残ります。
誰がやっても市場平均を取れるということがインデックス投資の特徴であるなら、それは情報発信しようがしまいが同じ成績になるということ。だったら実績を残した方が実体験を語るならさておき、まだ実績半ばの方に語られても・・・と感じてしまうのは、それこそ一理あるのではないでしょうか。
例えば私は今でこそ一応FIしていますから、クラウドファンディング投資が資産構築の後半やFI達成ステージにおいて旨味のある投資だと主張しても、自分が実際にそうしているから一定の説得力はあります。
では私がFIもしていない頃から同じ主張をしたら、それを聞いた誰かはどう思うでしょうか? これはクラファンのみならず、インデックスを含めたあらゆる投資手法で共通の論理です。
FIしていない人がFIへの軌跡を発信するなら分かるのですが、FIしていない人が自らの投資手法がいかに優位かを語る価値があるとは思えません。それが他の投資手法との比較ともなれば、なおのことです。
より適した投資があるのでは?
私の知る限りにおいて
①インデックス投資をメインとした投資手法
②インデックスを一手法として他の投資手法と組み合わせる
のどちらでFIに至った(あるいは近づいている)人が多いかと言われたら、答えは②です。
そうした実経験から私は、FIにより適しているのはインデックスメインではなく、インデックス+他のハイブリッド投資なのではないかと考えます。もちろん人それぞれですが、あくまでもマクロ的視点として。
こう主張すると、「それは誰もができる事ではない」という反論が来るかもしれませんが、それは当たり前です。そもそも投資というものは全員が利益を出すことを前提にしていません。
誰にでもできるわけじゃないからこそできたら多くの利益を手にすることができますし、誰にでもはできないから自分もやらないというのは努力の否定です。
合格できなかった人がいる事を理由にして、難関受験に挑むことを否定する人はいません。誰もが一流にはなれないことを理由にして、スポーツに励むことを否定する人もいません。勉強やスポーツに例えれば分かることなのに、なぜ投資では目が曇るのでしょう。
なお私は「だからクラファンが優れてる」などと我田引水する気は1ミリもありません。こんな煩雑な投資、物好き以外には勧めません。
私が言いたいのは、投資は人が行うものである以上個人の嗜好を排した論理展開に意味がないということ。つまり投資手法そのものに机上で語る以上の優劣はなく、自分の嗜好や状況に合わせて選ぶことがFIへの近道だということです。
投資の合理性を説くのもいいでしょう。しかし他者に向けて合理性を説く時点で、合理性に縋らないとメンタルが維持できていない自分に気づくべきです。
投資はただの手段です。心のよすがではありません。よすがとなるのは信仰の役目です。
投資の本質
本来の意味における投資の本質(注:目的ではなく、本質)はなんでしょうか?
本来の意味での投資は、良い影響を与えるだろう会社を探し割安なうちに出資を行い、結果として会社の事業が成長し良い製品やサービスを提供することで世の中に貢献し、従業員が潤い、そして株価が伸びることにより出資した投資家も潤うこと。労働力ではなく資金を通じて世の中に関わっていくことが、投資の本質です。
様々な意見があるでしょうが、私はこのように考えています。
この考えでいくと、個別の会社を精査すること無しに資金をバスケットへ入れるインデックス投資は、本来の意味で言えば投資の本質を外れています。
ただ誤解してもらいたくないのは、本質を外れた投資が悪いと言っているわけではないこと。そんなこと言ったら私のクラウドファンディング投資だってかなりの異端です。
インデックス投資は「市場全体の成長にベットしてお祈りで資金を叩き込む投資」であることについては、広く同意が得られると思います。
この投資手法は投資に時間を割くことができない人に適した手法であるだけで、優位性や合理性の論拠として用いるのは筋違いですし、そもそも優位性や合理性を説く時点でそれらに縋っているのは前述の通り。
投資の優位性は机上で語るものではなく、自らの工夫と技量をもって実現していくものであり、そして人は一つの投資手法だけに縛られているものではありません。投資のリターンで優劣を決めようとするのなら、起業クラスタとか融資引いた不動産投資クラスタが全てをなぎ払っていくことでしょう(笑)。
記事も終わりに近づき、心のよすがとか信仰とかお祈りなどのワードが出てきました。
このあたりを材料にして、最後にインデックス投資について私の感じている懸念点についてまとめます。
まとめ:インデックスと本願誇
常人にとってインデックス投資は資産構築の後押しにはなりますが、あくまでも後押しでしかなく決定的な手段となるのはなかなか難しいと思います。
にも関わらず、まるで「インデックス投資をしていれば資産構築は救われる」と主張する人が多いことこそが、私の懸念点です。
何を言いたいかと言うと、インデックス投資でFIする人の一部は、実のところ種銭とか入金力を切り札としてFIしてるんじゃないかと思うわけです。そしてこの考えは一定程度正しい自信があります。
インデックス以外の投資手法が「誰もができる事ではない」のなら、種銭や入金力も「誰もができる事ではない」こと。それにも関わらず、インデックス投資に参加すれば資産構築は救われるみたいに喧伝するのは、ちょっと罪深いのではないかと。
インデックス投資さえやってれば安泰であり、後の事はなんとかなると誤解させてしまうのであれば、それは本願誇(*)にも近しい悪行でしょう。
*仏語。阿弥陀仏の本願の救いを絶対視して、どうせ救われるのだから何をしてもかまわないとする甘え
インデックス投資をメインに実践し発信している方々には是非、インデックス投資は後押しにはなっても決め手にはならないこと、投資の基本は入金力と資本で殴る身も蓋もないパワーゲームだから入金力を増やす努力は必須ということも発信し、あわせて全ての投資手法に優劣がないことも添えていただければと思います。
さもないとまた黒ウサギが出没するで。
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