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「うまい話は詐欺」という単純論



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投資界隈ではよく「うまい話は詐欺」という言葉が聞かれます。

この事について詳細を分解してみました。結論から言えば「うまい話は詐欺」は誤り、少なくとも意味の無い単純論です。


<目次>

 
 

浜の真砂は尽きるとも


 ソーシャルレンディング投資記録


もう一度結論を繰り返すと、「うまい話は詐欺」というのは間違いです。


正しく言い直すなら、「詐欺はうまい話の顔をしてやってくる」だけのこと。詐欺が詐欺の顔をしてやってきたら、そんなものは詐欺として成立しません。

「AだからBである」が真だとしても「BだからAである」は真とは限らない、という命題の逆です。


話を受け取った人が経験や知識の不足、あるいは不運によってうまい話と詐欺の仮面を見極められない場合、残念ながら被害を受けてしまう場合もあります。

この時に実際に悪いのは騙す方であることは、当然の前提です。


だからと言って、「騙すのはけしからん」とか「騙すのをやめればいい」と主張する意見には、お気持ち表明以上の価値はありません。

否定しようが嫌がろうが世の中に騙しはあるし、浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ。だから自衛するしかない、という話です。


「騙すヤツが悪い」はその通りなのですが、それはただの理想論。理想に立脚して考えを進めることは、今の世の中の病巣の一つだと考えます。詳細は下記の記事にて。


www.sallowsl.com
 
 

気をつけるべきは、その背景。


前述の通り詐欺はうまい話の顔をしてやってくるし、詐欺をする者を責めるのは当然のことです。


しかし詐欺を責めるに際して、「うまい話」の側まで責めるのは筋が立ちません。それはただの他責思考です。


なぜならうまい話は詐欺の手段でしかなく、うまい話そのものに正邪は存在しないからです。

手段として用いられたものを問題の本体と同様に責めるのは、包丁で人を傷つける事件が起きたから包丁はすべて傷害だ、包丁を使っている者は全員が潜在的な加害者だと言うのと同じことです。

「君はナイフによる殺人でナイフを法廷に立たせるのか?(ロード・エルメロイII世)」という言葉通り。手段そのものを責めるのはナンセンスです。


実際のところ世の中にうまい話や、あるいは結果としてうまくなった話はけっこう転がっているものです。私だってそのうちいくつかを拾い上げたこともあり、その一部を自分のものにしたことがあります。

同様に詐欺ではなくとも、うまそうに見えてあまりうまくない話も転がってます。むしろ数としてはこっちが多いっすね。


ただ注意しなければならないのは、うまい話にのってうまく儲けた例は喧伝する意味が薄いということです。つまり広範囲かつ対象無差別に喧伝されるうまい話は、だいたい裏があると思っていいでしょう。


気をつけるべきは、うまい話そのものよりもその話が自分の元に流れ着いた背景です。


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うまい話には価値がある。だからこそ。


有益な情報(=うまい話)は利益に直結するという意味で、価値であり宝物です。

そして人は見ず知らずの他人に自分の財産を与えることはないよう、見ず知らずの他人に本当に有益な情報を与えることもありません。


例えば私が会社員時代だった頃は、商社や取引先から表裏のルート問わず色々と有益な情報が入ってくることもありましたが、会社を辞めた今はそういう情報が入ることはありません。

それは当然で、会社員だった時の私が彼らにとってある意味有益だったから、彼らはビジネス的な(あるいは個人的な)リターンを期待して、私に価値のある情報を提供したにすぎません。彼らが見ていたのは私ではなく会社の看板を背負った私であり、会社を辞めれば私に価値がなくなるのは当然です。


翻って今の私は、クラウドファンディング投資の世界なら時々有益な情報が入ります。

それは先の会社の例と同じく、情報を提供してくれる人たちがそうすることによるリターンを期待しているからです。


こう考えてみると、自分がある界隈において一定の立場になって初めて、その界隈や関係する界隈のうまい話が手に入るのが世の中の仕組みだと分かります。ですからうまい話が来た時は、「それがなぜ自分のところにやってきたか」の背景を洞察する事が重要なんじゃないかと。


もしも自分のところにその話がやってきた妥当な理由が思いつかなければ、高確率でそれはうまい話の皮を被ったナニカでしょう。


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逃げるは恥ではない、が役にも立たない


やってきたうまい話が本当にうまい話なのか、それとも詐欺の仮面なのかを見極めるには知識も経験も(おそらく運も)必要になります。


ですから損害を受けるリスクを回避するために、うまい話に一切乗らないというのも一つの方法でしょう。


ただし本来あるべき姿は、魅力的に見える話があれば投資商品などと同様にリスクとリターンを判断し、また一つの話に全振りせずに分散して取捨選択していくことです。

精査もせずに「うまい話→怪しい→乗らない」と判断するのは、ただの過剰反応であり思考停止です。もちろん当人がそれで良いのなら結構ですが、その選択は他人に自慢するようなものではありません。


こういった考え方は内側だけではなく、外部に向けても成立します。

うまい話を利益に変えたのはただの偶然であり、うまく見える話にひっかかって損をしたのは自業自得という主張を散見しますが、これは筋が立ちません。

なぜなら、ひっかかったのが自業自得なら利益を出したのは個人のナイス判断であり、利益が出たのを偶然というならひっかかったのもただの不運でしかないからです。


世の中はリスクを取らない者が安定と引き換えに、リスクを取った者にリターンを吸い上げられる仕組みになっています。これがリスクプレミアムです。

その仕組みを利用するも利用しないも自由、利用せずに吸い上げられることもまた自由です。それは搾取とは異なり自ら吸い上げられることを望んだわけですから、吸い上げた方を非難するのはお門違いでしょう。
 
 

まとめ:悪しき単純論にご用心


最後にまとめです。


「うまい話」や「有益な情報」そのものは(不確実性を帯びた)価値であり、物品とお金を交換するように、物品と情報を交換することもあり、情報同士を交換することもあります。つまりうまい話や有益な情報は、ある意味で通貨の役目もしているわけです。

通貨を詐欺と主張すれば失笑を買うように、うまい話も同じこと。


それと一つ、重要なことがあります。

「うまい話はすべて詐欺」としたり顔で言っておけば、なんとなく「分かっている人」のように聞こえるかもしれませんが、世の中はそんなに単純なものではありません。投資という一分野だけに絞ったとしても、たかが一人の人間に過ぎない自分が真実を理解しているという主張は、つまるところ陰謀論者のそれです。


うまい話は詐欺、というのは悪しき単純論です。単純明快さを求めインパクトを追求する代わり、正確性や重要な部分をごっそりそぎ落としたガワだけの言葉であり、なんか良さげに見える包装紙をまとった空の箱です。


不適切に単純化された情報を摂取し鵜呑みにすることは思考・判断能力の劣化を招き、回り回って不利益をもたらすことになるかもしれません。ご用心ご用心。


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