ソーシャルレンディング投資記録(新)

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「悪口と収入と頭の良さ」に関する雑記



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「頭の良い人は悪口を言わない」
「高収入の人は悪口を言わない」

少し検索すれば、こういったタイトルの記事を見かけますが、さてこれは本当でしょうか? という雑記です。

旧ブログの内容をリライトしたものになります。


<目次>

 
 

私は言うまでもなく


「そもそもこんな事を書こうとしている、お前自身はどうなんだよ」

などという声も聞こえてきそうですが、私は普通に口は悪いです。

もっと言えば、口も性根もあまりよろしくないのは、自分が一番良く分かっています。口も性根も善人である、などと臆面もなく言い放つほどアレではないだけですが。


(口がよろしくない記事の例)
www.sallowsl.com


「やらぬ善よりやる偽善、というか全て偽善でしょう?」が合い言葉の私としては、世の中に善人がいるとは思っていません。


一方で「善人ではない=悪人である」は成り立ちませんし、各自が法律に抵触しない範囲で、ほどほどに自分の欲を満たしていけばいいだけだと思っています。

人は他人の望みよりも、自分の望みの方を良く承知しています。ですから同じだけの労力をかけるのなら、他者の望みより自分の望みに邁進するのは効率的ですし、何ならエコというものでしょう。
 
 

悪口は主観の一つ


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悪口に関してですが、そもそも悪口というのも主観にすぎません。

自分にかけられたイヤな言葉、ネガティブな言葉を人は悪口と判断します。従って、言った方の意見と言われた方の意見がかみ合わないのは良くあることでしょう。

(自分が聞きたい理屈=道理、聞きたくない理屈=屁理屈、というのと似たようなものだと思います)


大事なのは相手がなぜそれを言ったのか、冷静に判断することです。もしかしたら最初は悪口に聞こえても、自分に非があることかもしれません。

逆にどう考えても嫌がらせや無理筋であったり、話しかける時の礼儀もなっていないような発言であれば、表面上は無視か受け流しながら、機会があれば「冷めた方が美味しい料理(フランスの諺)」をごちそうするため、心のゲストブックに書き留めておくでしょう。


逆に、私が誰かに対して厳しい言葉をかける場合、感情を排して理詰めで言うこと、人格攻撃ではなく相手の論理と思考に対する指摘のみを行うこと、の2つを心がけています。

これは厳しい言葉をかける場合の鉄則ですが、同時に「それでも分からなければ次のカードを切るための免罪符」でもあります。


これも一種のアンガーマネジメント。アンガーマネジメントは怒りを抑える技術だけではなく、適切な場所で炸裂させるために怒りを保温状態で保管する技術も含んでいると思います。
 
 

会社組織の中での悪口


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あくまでも私の主観ですが、会社組織の中において考えれば、「頭が良い=悪口を言わない」や「高収入=悪口を言わない」はあまり当てはまりません(悪口が主観に過ぎないのは上で述べた通りです)。

その組織が厳しい競争にさらされている場合ならなおのこと、上に立つ者には適切なアンガーマネジメントが求められます。


頭が良い人は的確にこちらの弱いところを指摘してきますし、頭の回転が速いので基本的に口達者であることが多いです(つまり、言われた方にとってはキツい言葉になります)。

また高収入(≒上の役職)だから悪口を言わない、などということはありません。もし聖人君子で上の役職に立ったものがいるとしたら、それは単に組織の状況が許した幸運なケースだった、というだけだと思います。


そもそも、会社の社長や役員にサイコパスの気質が多いという研究結果を論拠に引くのであれば、悪口を言わない性格の良い人がイコール頭が良い、高収入とは結びつかないとも言えるわけです。


www.spring.org.uk


少なくとも会社組織においては、能力を発揮できる人が高収入を得ることができ、頭が良い人と認識されるわけですから、結局収入や頭の良さと悪口を言うかどうかは無関係、ということになるわけです。
 
 

本当の思いやり


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こういう話題になると「頭の良い人は、悪口を聞いて他の人がどんな気持ちになるか考えるから、悪口を言わない」、という意見もでてくるかもしれません。

ただそれは、裏返せば「他の人の気持ちを考えても言うべきなら何でも言う」ということであって、結局のところ「周囲を良く見て、効率的な行動を行う」という周囲への適応にすぎません。


こういった意見はつまり、「自分がその発言を聞いてどう思うかでその人を判断する」という価値観での判断であり、あるいは「頭が良い人は性格も良い人であってほしい(あるべき)」という固定観念での判断でしょう。

「悪口」と同様、「良い人」も主観にすぎず、万人に共通する物差しはそこにはありません。

 
もし誰かを本当に思いやるのなら、その人にかけるべき言葉は「相手の立場や気持ちに頓着せず、ただ価値のある助言」だと思います。

相手には伝わらないかもしれませんし、誤解されるかもしれません。それでも、「気持ちに寄り添う」などといって具体的な助言もしないよりははるかにマシでしょう。被災し物資を求める人に千羽鶴を贈っても、それは贈る側の傲慢でしかありません。


頭が良い人の定義も基本的には同じであり、冷静に事実を見て、具体的な事柄を数字で語ることができるかどうかが、頭が良い人。相手の事情を考慮できるかどうかは、また別問題だと思います。
 
 

「できる人は悪口を言わない」本当の理由


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しかしそれでも、「頭が良い人は悪口を言わない」「ビジネスで成功している人は悪口を言わない」という記事が多くあり、少なくない人がその価値観を持っているのもまた事実です。

なので、それは一面から見れば事実なのだと思います。ただ私はひねくれていますので、もし事実以外の側面があるならそれは何なのか、考えてみました。


一つには、「(私が)悪口や愚痴を聞きたくない」というもの。

もっとも適量の愚痴や悪口は心のデトックスのようなものですから、自分も愚痴を言うならお互い様のようなものです。


もう一つは、「他者に責任を負わせても成長は望めないから」というもの。

これもある側面は正しいですが、本当に頭の良い人であれば、(適切な)悪口から貴重な意見を拾うこともできるでしょう。


ということで私が考える理由は、「そう書いておけば自分自身に対する悪口を未然に防げるから」です。

「悪口を言う人はダメな人です」という予防線を張っておけば、その記事やその人に悪口(だと思うもの)を言った人は全て「ほら、こういう人がダメな例です」とレッテル貼りをすることができます。


そしてこの方法は、悪口(指摘)に真っ向から反論するより、実に効率的で労力がかからない方法なわけです。
 
 

まとめ


良く言われる「人の良さと頭の良さと収入」について、私見を書いてみました。

あくまでも私見ですので、色々な意見があってしかるべきでしょう。ただ、「デキる人は悪口を言わない」という言葉は一見まともそうに見えて、実際は反対する意見を効率的に封殺しうる、危うい言葉だということを書きました。


「だから私は云々」と言うつもりもありません。

もしなれるのであれば、ここで言う「頭が良い人」になりたいものですが、その判断は私が行うものではないと思います。

何事も道半ば。雨が降っても自分のせい。倦まず弛まず他責にせずに、一歩一歩楽しみながら歩くだけです。
 



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