ソーシャルレンディング投資記録(新)

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今回は雑記を一つ。

初っぱなから刺激的なタイトルですが、読んでいただければ分かる通り、誹謗する意図はありません。


<目次>

 
 

変えられるのは、自分と未来だけ


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「他人と過去は変えられない。変えられるのは、自分と未来だけ」


という言葉は良く聞こえてきますし、おおよそ真理だと思います。
付け加えるなら、他人や過去を変えることはできなくもないのですが、自分や未来を変えることに比べて圧倒的に労力が必要であり、だいたいの場合は割に合わない結果になります。


しかしこれを理解している人であっても、「他者」が国、政治、組織等になってしまうと、「他者は変えられない」を忘れがちになってしまうと思います。

対等な他者ですら変えられない、変えるのは労力がかかりすぎるのに、上位である国や組織を変えるのはもっと無理です。


もちろん国や組織に意見を言い、監視することは必要です。

しかし間接民主制とは言え、選挙で選ばれた代表を通して権限を行使するのが民主主義で、選んだ結果には「みんな」に責任があります。もちろん合意形成が大事とか、少数意思の尊重とかはあるのですが大筋として。


だからこそ立ち返って考えれば、変えられるのは自分と未来だけ、ということになるわけです。


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目的の正当性は、手段には流用できない


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そうは言っても社会生活は他人を抜きにして成立しないので、社会において他人との会話や交渉ごとは避けては通れません。

時には、他人に言う事を聞かせたい、と願うシチュエーションもあるでしょう。


他人に言う事を聞かせたければ、言う内容の正当性や背負っているエビデンスと同様、言い方が大事になります。

たとえどんな正しい内容でも、過激な言い方では相手の感情の反発を招くからです。
反発した相手は意見を否定するようになり、結果として「言う事を聞かせる」という目的が達成できなくなります。


目的がいかに正しくとも、手段がまずければ台無しになります。
目的の正当性は、手段の正当性には流用できません。


具体的な例は挙げませんが、この点の認識が欠けている意見が、世の中には散見される印象を受けます。言い方に重大な問題があれば、それは主張する内容によらず、法的に裁かれることにもなりかねません。

あまり知られていないことかもしれませんが、真実を述べても名誉毀損になるケースもあるわけでして。
 
 

どんなに正当な主張でも、言い方次第


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「目的の正当性は、手段の正当性には流用できない」


これは一般論として、かなり機微な内容でも当てはまると思っています。
極端なことを言えば、主張したい内容が

・「人命は大切です」
・「環境を大事にしよう」
・「戦争はいけません」

などといった普遍的なことであっても、主張の手段は選ばれなければならず、不適切な手段で主張すれば反感を買いかねません。

そして反感を買えば、他人の思考や行動の変容は失敗に終わってしまう、あるいは目的としていた変容とは逆方向の結果をもたらしてしまうこともあるわけです。
それでは結局、主張したという行動は失敗だったという結果になってしまうわけで。


例外は、主張する者が相手に言うことを聞かせる強行権限を持っている場合に限ります。

法律やルールで定められた権限を背負って言うのであれば、言い方に関わらず従う強制力が生じますから、手段の正当性は目的の正当性で上書きすることができます。
 
 

生まれたての言葉


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以上を前提にして、タイトルに戻ります。


私もあなたも誰であれ、意見や言葉そのものには、何の価値もありません。


意見(言葉)の価値は、その正当性、論理性、エビデンス、言い方、権威や箔、あるいは強制力などによって作り上げられる後天的なもので、生まれたばかりの意見や言葉は無価値です(*)

だからこそ同じ人の言った同じ意見であっても、聞く人によって受け止め方が異なり、聞いた人の感じる価値が異なるわけです。

*数学や科学における定理等のように、それそのものが意味を持つものは当然例外となります


ツイッターセットアップしたぜ」という最初の呟きが3億円で落札されたように、言葉の価値はそのものにはなく、人がそこに何を見出すかにかかっています。

ましてや、誰もが情報の発信者になることのできる現代では、この傾向はますます強まるでしょう。
 
 

まとめ:価値を纏わせるというゲーム


今回の雑記では、ただの言葉や意見にはおおむね価値はなく、価値というものは後天的に作り上げられるという私の考えを書きました。

もちろん、私の考えやこの文章そのものにも価値はありません。考えや文章の価値は、それらを導くにあたって用いた筋立てや論理性にどれだけの価値を見出すか、受け取り手しだいです。


以上のように考えてみると、「他人の思考や行動の変容を目的にした意見を言うこと」は、「どうやって言葉に価値を纏わせるのかというゲームを攻略すること」、と置き換えられそうです。

もちろん受け取り手の主観は人それぞれですし、「話せば分かる」なんてのはただの幻想ですから、誰にでも響く言葉などはありません。ただこのようなゲーム感覚で考えれば、色々と新しい観点が拓けるかもしれないと思いました。
 
 



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